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心理学から学ぶ 「ブランディングデザインの法則」
2023.02.02
ブランディングデザインの法則 「ユニバーサルデザインと紙幣の考え方」
心理学から学ぶ 「ブランディングデザインの法則」
なぜか入りたくなるお店やつい見てしまうポスター、思わず買いたくなる商品など。
心理学から学ぶ「ブランディングデザインの話」を掲載しています。
皆さんこんにちは。ブランディングデザイン会社「株式会社SUPERBALL」です。 立春手前の厳しい寒さが続く中ですが皆様お変わりはないでしょうか?今年度の業務も本格化してくる中、空間や環境設計に携わるブランディングデザイン事務所として、馴染みの深いユニバーサルデザインというプロセスについて少し話をしようと思います。
ユニバーサルデザインはとても広域なトピックですので、この記事ではユニバーサルデザインとデザインプロセスについて興味を持ってもらえたらと思い、簡単な概要と、そうした配慮の議論が見え隠れした事例をご紹介して行きたいと思います。
ユニバーサルデザインの概要(簡単に)
Universal Design(ユニバーサルデザイン:以下UD)は「文化・言語・国籍や年齢・性別、状況などにかかわらずできるだけ多くの人が利用できる状態でデザインをする」というコンセプトを指します。その概念を踏襲した建築(設備)・交通・製品・情報などの設計が行われたモノやサービスはUDに配慮のあるデザインとなります。
代表例として自動ドアがあります。進みたい方向に進みながら、扉があっても自動で開き道を空けるという極めてシンプルな仕組。扉の機能について知識がないどんなユーザーでも自動で機能してくれる、画期的な設備といえます。
UDとグラフィックデザイン
本日はUDの中でも特にグラフィックデザインに絞ったお話ができればと思います。グラフィックでは情報設計の観点からUD配慮が求められ、大きくは下記の3つの要素が議題に出やすいです。
理解のしやすさ:その国の言語を理解できないインバウンドの方、まだ言語を勉強中の子供がデザインを理解できるか。(情報レイアウト、多言語展開、ルビ振りなど)
視認性:弱視の方や現実的な距離で読みやすい文字サイズや高さ設定なっているか。
識別性:カラーで区分けされており、カラーに意味があるデザインなどは配色が色盲や・色弱の方でも識別性の高いカラーになっているか。
このように多岐に渡ってデザインがUD配慮されているか考える事ができ、デザイン提案の際に配慮されているかをクライアントに聞かれます。
UD配慮のデザイン事例 -紙幣デザインのリニューアル
さて前置きが長くなりましたが、上記の観点を踏まえて本題の事例に入りましょう。少し前になりますが2024年上旬に新しく千円札、5千円札、1万円札の新札を発行すると2019年に発表があり、仕上がりのデザインも公表されました。
今は発表と発行の間で話題としては静まりましたが、発表当時は既存紙幣から大きく変わるデザインも話題を呼びました。見た目の違いから不思議がる方や、慣れたデザインから変わる事に否定的な方もいらっしゃいました。
ただこれら一つ一つの変更はユニバーサルデザインに配慮し、各紙幣の識別性を意識した結果でもあると推測できます。特にグラフィックの観点に絞り、識別性を高めるために行った変更は大きく3種類見当たりました。 ここからは一人のデザイナー目線の見解で、実際の変更理由と異なる場合がありますのでご了承ください。尚デザインは引き続き検証をされていると伺っていますのでまた変更がある可能性も踏まえ2019年発表時のデザインを元に見ていきましょう。
目に付く変更-1 :カラー
最初にパッと目に付くのはそれぞれの紙幣が既存に比べてカラフルになる点です。色がはっきり別れることによって既存の紙幣より早く違いがわかり整理できること、そして弱視の方や数字がまだ分からないお子様にも配慮した識別性を高めるデザイン変更です。
目に付く変更-2 :フォント
次は発表当初に特に私の印象に残った、書体の変更です。特にローマ数字のフォントは目に付気安く、既存の数字は字間が詰まった太字の明朝体のような書体だったのに対して、新デザインでは太さが均一の、とてもシンプルなゴシック体が採用されています。こちらも定説ではゴシック体の方が明朝体よりも文字の識別性が高いため、採用されたと推測できます。
さらにユニークなポイントとして一万円札と千円札では「1」の書体が異なる事お気づきでしたでしょうか?両方とも1と0で構成される金額のため、書体を変えてまで数字の識別性を高めることへの追求心があるのだなと感心します。(ちなみに既存の紙幣でも同じ配慮がされています。)
目に付く変更-3 :レイアウト
最後の点はレイアウトです。特筆すべきは英数字と漢数字の大きさと位置関係が反転したところで、こちらも日々多様化し、インバウンド需要も高くなっていく社会で、言語の壁を越えたローマ数字を一番大きく表記することで既存のお札よりも広くの方々が分かりやすい、利用しやすい紙幣でありたいというユニバーサルデザインへの配慮を感じる変更ですね。
モヤモヤの元?継承と刷新のせめぎ合い
このように新紙幣のデザインは新しい知見や経験を元に至るところでのデザイン変更がされており、変更の一つ一つは使い手にとってさらに利用しやすい物にしていきたいという政府やデザイナーの想いからくるのが伺えます。
同時に発表当時、デザインに対しては賛否両論でありました。上記の点などから先進性を評価する声がある一方、もう一方では「品位が無い」「日本らしくない」といった否定的な声も上がってきました。
こうした声はどのようなデザインでも上がる議論ではあります。 今回に限って見ると原因は相反する二つの方向性に対して、明確な方向確定ができない状況にあるからではと考えられます。
方向性 1:伝統を継承する。
方向性 2:最新のデザインに刷新する(伝統の再解釈)
「英数字がゴシック体なのに「日本銀行券」や漢数字が隷書や明朝系であり統一感がない」という指摘にこのモヤモヤの答えがあるように感じます。 文化の象徴とも言える紙幣の伝統的なデザインとエッセンスを残したい。けど、最新に変えたい。変えすぎるのも抵抗がある。けど、先進性もアピールしたい。
その中、理詰めで一点一点の継承する箇所、刷新する箇所が整理され、最終的に各要素を集めた時に全体の構成にどこか統一感がなく見えてしまうのかもしれません。 紙幣は公共性が高く、さまざまな観点をクリアしないといけない難易度の高い案件です。その中ベストなデザインを出そう継承と変革の狭間でデザイナー、担当者は何が正解か悩みに悩んでいる様子が想像できます。
継承もよし、刷新もよし。
他の国の紙幣も拝見すると各国悩んで決めた方向性たちが見えてきます。 アメリカは先述の方向性-1に近いです。紙幣のアップデートを続けていますが、根本のデザインはさほど触っていないように思ます。資本主義を代表する国として、アイコニックな紙幣のブランドアイデンティティを尊重し、保持したい印象も受けます。
UDの話に戻すと見た目的な配慮はいかがなものかという見解も出てきそうです。ただUDも絶対の正解がないため、どこまでを組み込めたら使い勝手はよくなっているか、電子決済が進む社会での現物の紙幣は機能としてどれほど重要か、シンボルとしての立ち位置はどうかなど考慮すると話は複雑化します。
対して方向性-2に近いのはノルウェーの2019年の紙幣リニューアルでしょうか。元々カラフルで分かりやすい紙幣でしたが肖像画を撤去する大胆なデザイン変更となっています。ノルウェーは社会的にも育休制度制定や男女平等ランキング上位に位置するなど、新しい考えを先進的に試す事に柔軟なところがあり、そうした意識が国のアイデンティティとしてあります。そうした変化を受け入れる気持ちがあるため、紙幣の表層のデザインはむしろ定期的にガラッと変わることでその気持ちを上手く紙幣のコンセプトに表しているのではと感じます。
補足ですが、上記の国でもデザインの正当性は議論の対象になった上での結果です。アメリカでは度々肖像画の対象者に女性がいない事や国内の文化の多様性が尊重されていない事などが度々指摘されています。
UDとグラフィックデザインの関係性が知れる良い機会
日本新紙幣でもデザインの変更の可能性も伝えられていました。また今年度の発表がある場合、そのデザインを受け新しい議論がまたされるかもしれません。ある意味、国を代表するグラフィックデザインとなる紙幣だからこそ、国としてのUD対応も含めたアイデンティティをどう示すか、2024が近づくにつれ興味を持つ方も増えそうです。
ユニバーサルデザインのハードルや紙幣デザインの裏事情(想像上ですが)を通して少しデザインプロセスについて話させていただきました。引き続きどのような仕上がりになるか楽しみにしながら自身の身の回りにあるUDへの配慮も見つけてはいかがでしょうか?